Millionaire Ver.6
社会人3年目の決断
野村證券の営業マンが飛び込んだ先

田中 光太郎|Kotaro Tanaka

1994年生まれ。鳥取県出身。鳥取県立境高等学校で甲子園を目指し汗を流した。神戸学院大学に進学。学生時代に訪問販売のビジネスを経験し、卒業後は新卒で野村證券株式会社に入社。リテール営業を担当した。社会人3年目の2019年、AO HLDGSへ転職。愛嬌ある接しやすいキャラクターでチームを和ませる。

野村證券から転職をされましたが、異業種への転職に不安はなかったのでしょうか?

正直ありましたね。パーソナルジムの営業って何だ?とは思っていました。笑

 

 

そんな中、転職を決めたのはどうしてですか?

そうですね、2つありまして。1つは「誰と働くか」ということです。実は、僕が大学4回生の時、Twitterで代表の芦名に連絡をしていたんです。そのとき芦名は大学生の僕に会ってくれたんですね。「芦名さんが今、就活をするとしたらどこを受けますか?」って聞くと、「僕が大学生なら電通か野村證券に行きます。両社とも厳しい環境ですが、人間は環境に適応する動物。環境が厳しいほど、強く成長します」と言われ、確かにそうだな、と。電通は書類選考で落ちたんですが、なんとか野村證券に入社することができました。

そんな芦名がBEATSを立ち上げたという話をSNSで見て、これは!と思い転職を決意しました。

 

そうなんですね。もう1つは?

もう1つは「人を喜ばせる」ということです。前職では、お客様に儲けていただくために金融商品の提案をするのですが、会社からの指令で”必ず売らなくてはいけない商品”というものがあるんです。僕自身が「これ上がらないだろうな」「下がるんじゃないか」と思っていても、売ってこないと怒られるんです。

そのうち僕は誰を喜ばせているのか分からなくなって、いい仕事をしているのかどうか分からなくなって、お客様よりも会社を喜ばせるために仕事をして、これが社会人かと自己暗示するようにもなっていたんです。そんな時にAO HLDGSの「人を喜ばせること」という言葉に出会ったんです。

上司や会社にお伺いを立てながら仕事をするんじゃなく、目の前の人に本当に喜んでもらえるサービスをしたいんです。

AO HLDGSに転職されて、最初から上手くいったのでしょうか?

野村での実績もありましたし、金融商品として扱っていた金額が桁違いだったので、月額3万のサービスなら余裕でしょ!と高をくくっていました。全然売れなかったんですね。他のメンバーはどんどんご入会を頂いているのに、僕はアポイントをやれどもやれども全然ご入会を頂けない。ある日アポイントが終わって夜道を一人帰る時、色んな感情が込み上げてきて「俺、何してんだろう」ってふと涙が出てきたんですよね。。本当に情けなかったです。

 

それからどのようにミリオネアになったのでしょうか?

僕はBEATSのメンバー4人でルームシェアをして、日々進捗を共有しているんですが。8月のある日、朝5:00に4人でMTGをして各人の目標を立てたんです。報酬計算をしてみると、12月の報酬で頑張ればミリオネア(月収100万円以上)まで届きそうな数字になっていたんです。ルームメイトの森山と「年内にミリオネアになる」という約束をして、それから我武者羅に行動しました。AOのミリオネアになりたいという気持ちと、常日頃から刺激を与えてくれる森山との約束を絶対に守って、絶対にこのチャンスを掴みたいという気持ちでしたね。

どうしても辛いときもあったと思います。

そんなとき何が一番のモチベーションだったんですか?

野村證券を退職する時の話になるんですが、辞めるために最後に支店長室に入って面談するんですね。その時に支店長に言われました。「田中、お前に一つだけ教えといてやるよ。お前は絶対に一生成功しない」って。その時に僕の中でカチンときて。なんで成功してない人に成功しないって言われなきゃいけないんだよって。この言葉が僕の中で今でもモチベーションになってるんですよね。僕は何をやるにしても一番下からのスタートだったんですよ。野球も営業も。反骨心だけでした。

 

転職を考える方に、一言お願いします。

自分の人生を歩むこと、ですかね。両親がどう思う、友達がどう思う、世間がどう思うかより、自分がどうなのかが大切だと思います。そして何がしたいのかよりも、どんな仲間といたいのか、目の前の人を喜ばせることができているのかが本当に大切ですし、それが一番楽しいと思います。

自分の人生を生きて、仲間と一緒に人を喜ばせたい方がいれば、是非一緒に働きましょう!