Millionaire Ver.5
ビジネスで、愛されろ。

岡田 直樹|Naoki Okada
1997年東京都出身。高校卒業まではサッカーに励み、駒澤大学入学と同時にアメリカンフットボールを始める。4年時には主将に就任した。人材会社を経て、AO HLDGSへ転職。新卒イヤーの22歳、同社最年少かつ最速のミリオネアとなった。

椎名 政志|Masashi Shiina
1994年北海道出身。青森山田高校サッカー部の主将として活躍。流通経済大学サッカー部へ進学するも、大怪我により約3年のリハビリ生活の末プロの道を断念。卒業後、高級外車マセラティのディーラーを経て、AO HLDGSへ入社。営業、テーラー、エナジストとマルチな才能で組織を牽引する。

新卒でミリオネア、しかも入社わずか5ヶ月で。おめでとうございます!今どんなお気持ちでしょうか?

 

〈岡田〉ありがとうございます!成長のスピードと、人生の回転率がすごいなって思っています。前職では固定給にちょっとインセンティブくらいの給料でしたから、それから半年も経たずに月収100万円。正直、自分でも驚いています。環境で人は変わると言いますが、身をもって実感しました。

 

22歳という若さで、人脈やスキルもそれほど多くはないかと思うんですが、そんな中でどうやって結果を出していったんですか?

 

〈岡田〉営業初月は本当に死ぬ気でやりました。何回か気絶しました!笑 僕は自分に実力も人脈もないことを認識していたので、とにかく人に会おうと思っていろんな方に相談をさせていただきました。「どうしても結果を出したいんですが、どうしたら良いですかね?」と素直に聞きまくりました。とにかく全ての時間を自分の成長のために充てました。営業初月に159名と会わせていただいて、結果、営業初月の歴代最高契約数を記録することができました。

営業初月をもう1回って言われたらできますか?笑

〈岡田〉もう絶対に戻りたくないです!!!笑 結果がどうであれ、自分の人生で二度と戻りたくない1ヶ月にしようって決めて臨んだので、ちょっともう戻れないですね。笑 それくらい本当に追い込みました。

そこまで追い込めるって、何が原動力だったんですか?

 

〈岡田〉「怒り」と「恐怖」ですね。実は前職を辞めるとき、周りの人に散々言われて。

「今の会社で結果も残してないのに無理だ」「人脈もないのに無理だ」「新卒の分際で稼ぐなんて無理だ」ってボロクソ言われました。だからこそ可能性を否定する大人たちを絶対に見返してやる!って、そんな怒りが原動力でした。今では僕のバイタリティの源になったので感謝してます。

あとは恐怖ですね。プロフェッショナルの世界に飛び込んで、しかも当時は親にも相当心配かけたので、「ここで結果を出せなかったら終わる」って恐怖で動きまくれました。

AO HLDGSではフィットネスクラブやオーダースーツなど多くのサービスを展開していますが、複数サービスを扱う難しさはないんでしょうか?

〈岡田〉人を喜ばせる引き出しが多いというのは、かなり大きいですね。難しさで言うと、お客様からしたら何屋さんか分からなくなることがありますね。笑 「ジムの人?」「スーツの人?」っていう戸惑いと、何屋さんとして応援したらいいのかというのはあるかと思います。笑

 

〈椎名〉僕も喜ばせる武器が増えるのはとても良いことだと思います。岡田も言ってましたが「何屋さんなの?」って言われてしまうんですね。特に僕はスーツのテーラーもやってますし、トレーナーもやってますし、営業もやってるので。笑 なので最終的には「何でも椎名に頼めば良い」というくらい信頼される人になればいいと思います。

そんな中、時間のコントロールはどのようにされてるんですか?

〈椎名〉コントロールというよりも、いい意味で休まないことですかね。休むのがもったいないという感覚ですね。楽しいんで、休むというよりも仕事をしていたい。サッカーに明け暮れていた頃の感覚に似ているんですけど、そう思える仕事をしてるってすごく幸せだと思います。あと入社当時と変わったことは、移動時間をなるべく減らしたり、全ての行動をスケジュールに落としてその通りに行動するようになりましたね。モチベーションで仕事をすることはやめて、スケジュール通りに動くようにしてます。

お二人とも学生時代はずっとスポーツをして来たと思いますが、の経験が今のビジネスに役立ったりはされますか?

〈椎名〉〉僕は何もかもサッカーから学びました。青森山田高や流通経済大という日本一の環境での経験も大きいですし、幼稚園の頃からずっと各チームでキャプテンを任されていたということも大きいと思います。人間関係やコミュニケーション能力はそこで磨かれました。「サッカーを辞めたら自分には何も残らないんじゃないか?」って思ってたんですけど、コミュニケーション能力や、夢や目標達成への逆算思考みたいなのは、サッカーから学んだので、今はそれを猛烈にビジネスで活かすことができていると思っています。

 

〈岡田〉僕は高校までサッカーで、大学からアメフトでした。サッカーがメチャクチャ下手で、悔しかったのでアメフト始めたんですね。最初はルールとか何も知らなかった中で、反骨心だけで頑張ってキャプテンになって。負けず嫌いな気持ちとか、諦めずにもう一歩頑張ろうって精神は磨かれたと思います。

お二人ともプルデンシャル生命からも声が掛かったそうですが、なぜAO HLDGSを選んだのでしょうか?

 

〈岡田〉転職を考えてる時に、たまたま代表の芦名に会ったんです。その時に自分に生きてる心地がしなくて、うわ、自分死んでるって思ったんですよね!笑 僕は生きてる心地がしない時に成長するっていう感覚があって、この会社入ったら絶対成長できるなって芦名に会って確信したんですね。あとは弊社の森山の存在も大きいですね。あの人みたいになりたいという気持ちがあったので、一番近くで学べるこの環境に決めました。何ならそのまま森山の家に転がり込んで、居候(いそうろう)をしながら全てを盗ませてもらいました。

​〈椎名〉僕は直感ですね。保険会社について調べてる時にたまたま代表の芦名の記事を見つけたのがきっかけで、僕の人生のポリシーである「人生一度きり」を体現するような事業や理念に共感したのが一番大きいです。一度きりの人生、サッカーを頑張ってた頃のように、ここで猛烈にチャレンジしてみたいという思いが溢れてこの会社に決めました。

最後に一言お願いします。

〈岡田〉自分の人生を生きて欲しいと思います。会社を辞める時に周りから相当言われたけど、自分がやりたい事を選んだ結果、今どんどんやりたい事が出来てるんですね。「会社辞めます」って言ったら、色んな人に止められたりすると思うんですけど、一度きりしかない人生なんでチャレンジした方が良いし、チャレンジしないのは勿体ないと思ってます。他人の評価、周りの目は気にせず飛び込んで欲しいです。成功は批判から始まると思うので。人生を振り返った時に、楽しい人生だったなって思いたいんで僕はまだまだ頑張りたいんです。

〈椎名〉「人生で一番輝いてたのはいつだ?」と自問自答してほしいです。僕は高校の時が一番だったんですね。今じゃなくて過去だった。そんな自分がダサくて悔しくて、とにかく嫌で。本当にこのままで良いのか?って。その結果、一歩を踏み出すことができて今では高校の時を超える熱量で毎日を楽しんでいます。その一歩を踏み出すのがめちゃくちゃ怖いんですよね。でも、行動しなきゃ何も変えられない。同じ境遇で迷い悩む人がいれば、何かきっかけを与えられるかと思うので是非僕に会いに来てほしいですね。